ライフ

フランス在住者のロックダウン下の呟き。

3月16日の大統領の演説以降フランスでは外出制限措置が続いていて、私は20日もの間一切外に出ていない。

これほど家に籠城しているのは、人生で初めてだ。

今回は、ロックダウンの毎日について思ったこと等を書いてみた。

警戒レベルの高い夫のこと

顔をしっかり覆うマスクと手袋という重装備の夫が買い物に行ってくれるので、私は外に出なくても生活できる。本当にありがたい。

他人に指を指されようと、笑われようと、夫は顔半分を覆う防毒マスクでスーパーへ行く。

「スコースコー」という呼吸音は、ダースベイダーのそれのようである。

夫以外でそこまで装備している人はいないので目立つそうだが、「自分は自分、他人は他人」という個人主義スタイルの夫はまったく気にしない。

私は初めて彼の装備姿を見た時に笑ってしまったけれど、自分を貫く彼のスタイルは頼もしくもある。

でも、夫の姿はやっぱり面白いので家族に写真を送り、皆で笑った。

ネタを提供しつつウイルスもシャットダウンする、できる男である。

それでも春はやって来る

元々インドア派の性格なのでそこまで辛くはないけれど、真っ青な空が広がる晴天の日やほころび始めた桜を見ると、たまらなく外に出たくなる。

人間社会の混乱と不安をよそに、自然は相変わらず自分たちのリズムで生きている。

そんな自然の美しく優雅な姿をちょっと憎たらしく感じつつ、その強かさに何だか励まされる。

我々のパニックをものともしない「彼ら」を見ていると、不安に呑まれてしまいそうな自分を律することができるような気がする。

今日も私は満開の桜の花を窓越しに眺めるのであった。

「足るを知る」を知る

外出制限措置が発表された当初、食料に関して不安を抱えていた。

私
一応買い置きがあるけれど、この食料が尽きる前にちゃんと買い物に行けるのかな。

とはいえ、今スーパーに行ってもパニックになった人でごった返しているだろうから、一週間待つことにした。

その間、私たちはなるべく食料を消費しないよう、一日一食で過ごしていた。

当初はきつく感じたけれど、ずっと家にいるだけでそれほどカロリーを消費するわけでもないから、チーズや果物なんかを時々食べるくらいで夕食まで持ちこたえることができた。

あと、ティッシュやトイレットペーパー、洗剤も足りなくなる可能性があったから、無駄にしないように使った。

こんな風に、食べ物や生活用品がいつもより貴重になると、そういう生活を支えてくれる存在に有難みを感じるようになった。

物理的にはいつもより「不自由」ではあったのだけれど、精神的には不思議と豊かだった。

私の好きな京都の龍安寺のつくばいに書かれた「吾唯足知(われただたるをしる)」を頭に思い浮かべながら、禅僧にでもなったような気持で過ごした。

自分が生きるのに本当に必要なものって、実はそんなに多くないのかも。

そんな気づきのある日々である。

引きこもることが世界貢献になる

医療関係者でもない自分が今できることは、特に何にもない。

文字通り命をかけて頑張っている人がたくさんいる中、ぼーっと何もせず生きていることに若干の居心地の悪さを感じるけど、今は家にじっとして「何もしない」ことが一番世の中のためになる。

「家に籠って何もしないこと」が世界貢献になることなんて、滅多にないことだ。

引きこもりが世界を救うだなんて、誰が考えただろうか。

私
無駄な不安を持たず、意志的に楽天的になって家の中でも充実した日々を過ごしたいものです。